@ プロローグ〜五断ストーリー

 

「金は、この世の全て。金で買えない物は、無い」

 

 

そんな陳腐な文句は、俺たちでなくとも、陽光の下、大手を振り振り歩いている、あのお気楽な奴らも考えていることだ。

 

そして、

 

 

「金で買えないものが、一つだけある。それは、命だ」

 

 

こんな台詞は、学園ドラマの熱血教師にでも言わせるような、お決まりの台詞である。俺たちのように、裏社会で生きる者にとって、最も似合わない言葉のようだが、実は、この台詞は俺たちのことを最も上手く言い表す言葉でもある。

 

 

 俺たちは、裏の世界で生きる。

 

 金を稼ぐ、という仕事にしても、表の世界で生きている善良な人々を騙し、金を詐欺のような簡単な方法で奪い資金を得るのは、決して賢いやり方とは言えない。何故なら、明るい表の世界に足を踏み入れるということは、その太陽の光りによって、我々の黒い影がありありと浮かび上がってしまうからだ。俺たちは、一般の人が知り得ない裏の社会で、同じようにそこに生きる別の組織から、自分のこの頭脳だけで、金を奪うのが仕事だ。表の世界に、眩しい太陽の光りに、気付かれないように。

 

 

 俺は、自分の組織の「エージェント」として、幾多の他の組織の破滅を企む。

 

馬鹿馬鹿しい子供の喧嘩のような真似で、相手を暴力的に追いつめるのではない。他の組織にも、俺のようなエージェントが存在している。そいつらとの駆け引き、遣り取りで金を稼ぎ、時には少々荒っぽい手口を使ってその組織の金を強奪し、相手の全てを奪ってやるのだ。それは時に金であり、時に名誉でもあり、時に、命でもある。

 

 成功を収めれば繁栄の鮮やかな名声を浴び、逆にその餌食になってしまえば、「要らないもの」として、今まで自分が動かして来た組織に処分されてしまうのだ。

 

 また、他の組織との駆け引きが始まる。相手を騙し、金を稼ぎ、成功者になるか。まんまと騙され、金を奪われ、自ら組織を破滅させ、自分のこれから先に繋がる人生を、無惨にも切断されてしまうか。俺たちには、その二つの道しか無いのである。ヘマをし、組織に無用だ、と判断されたその時、もういくら金を積んでも、自分の命は「買えない」。その時は、それまで最も我々の価値の中で頂点にあったその札束が、何の意味もなさない紙くずに成り果てるのだ。それを思うだけで、背筋の凍るようなスリルを感じる。

 

 

 今回集まったエージェントは四人。

 

中には、以前俺がカモにし、随分と恨みを買っている奴も混ざっているようだ。しかし、油断をしてはいけない。駆け引きには、先を読む目と、相手の思惑を見抜く目、その両眼がしっかりと開いていることと、時にはその能力を嘲笑うかのような運の流れを味方につけなければならないのだ。

 

 カードを手にしたが最後、もう手放すことは許されない。そのカードを切る軽い音が、この軽薄な重々しい命を削るものか、それとも未来に待つ喝采の予兆か。

 

 滾る血潮の逆流をその指先に、札を切れ。金を稼げ。運も味方に、さあ、最後の決断を。